概要

長野県は、製造業が県経済を支える主要産業です。県内総生産の約3割を製造業が占め、就業者の長野県約23.1万人（21.2%）で就業者数最多分野です。

このレポートでは、長野県を北信・東信・中信・南信の4地域に分けて各地域の産業構造や製造業の特色を整理するとともに、県全体の製造業構造や雇用動向についての分析レポートです。

北信地域の産業構造と製造業の特色

北信地域（県北部、長野市周辺）は、電子部品や精密機械分野の集積が特徴です。特に長野市や須坂市周辺には、半導体製造装置や液晶デバイス関連部品を製造する企業が集まっており、高い精度が要求される電子機器・部品の製造が盛んです。また、酪農機器や給水装置など独自の技術を持つメーカーも存在し、多様なニッチ産業が共存しています。

さらに、千曲市や坂城町といった地域でも、高度な技術力を持つ中小企業が集積しています。坂城町は「中小企業の街」として知られ、機械・金属加工業を中心に約250社の企業が集まり、創意工夫に富んだものづくりで先端分野を切り拓いてきました。北信地域全体として、大企業の工場も点在しますが、裾野を支える地元の中小製造業者が多く、精密な加工技術や電子部品製造技術で国内外の製造サプライチェーンに組み込まれているのが特徴です。

東信地域の産業構造と製造業の特色

東信地域（県東部、上田市・佐久市周辺）は、戦前からの工場疎開や養蚕業の歴史を背景に発展した製造業集積地です。

上田市や東御市の周辺では、自動車部品・輸送機器関連のメーカーが多く、モーターやエンジン部品など機械要素産業が集積しています。古くからの繊維機械メーカーや戦時中に移転してきた企業群を源流とし、培われた加工技術を応用して輸送用機器や産業機械の分野で競争力を持つ地域です。

一方、佐久市や小諸市周辺では、精密部品や時計関連のメーカーが集まっています。冷涼で湿度が低い気候を活かし、機械・金型・精密機器分野の産業が発展してきた経緯があり、特に精密な金属部品加工や時計部品製造で高いシェアを持つ企業が存在します。

東信地域全体として、職人の手仕事と先端技術が息づく「ものづくりの地」として発展しており、高い技術力に惹かれて国内外から企業進出が続いてきました。現在では精密機械から部品加工まで多様な産業が地域経済を支えています。

中信地域の産業構造と製造業の特色

中信地域（県中央部、松本市・塩尻市・安曇野市周辺）は、長野県製造業の中核地域です。製造品出荷額は県内で最も大きく、長野県全体の約3分の1を占める規模となっています。

松本平一帯には様々なメーカーが集積しており、電子機器、機械、食品加工まで幅広い分野の工場が立地しています。

塩尻市や松本市には国内トップクラスの出荷額を誇る情報通信機器メーカーであるセイコーエプソンをはじめ、電子部品、精密機器分野の大手企業の拠点があります。安曇野市や周辺地域にも精密加工や光学機器のメーカーが立地し、中信地域全体で見ると電子情報機器、精密機械、輸送用機械部品など多様な製造分野がバランス良く発達しています。

特にプリンターを中心に通信機器など情報通信関連産業の集積度が高く、関連する中小企業も含めた一大産業クラスターを形成しています。また、同地域では高度な光学技術も伝統的に強みで、中信地域はこのように多様な製造業種が集まり、県内でも最大の工業生産拠点として機能しています。

南信地域の産業構造と製造業の特色

南信地域（県南部）は、さらに諏訪地域と伊那谷地域に大別できます。諏訪湖周辺（諏訪市・岡谷市・茅野市）の諏訪地域は、長野県内でも独自色の強い工業地帯です。戦前に栄えた製糸業から精密機械工業へといち早く転換し、「東洋のスイス」と称されるほど時計やカメラ等の精密機械、光学系産業が発展しました。

現在もその流れを汲み、諏訪地域には精密な電子・光学・医療機器関連の企業が多数集結しています。パソコンやプリンターなど情報機器分野の大手メーカーの本拠地・工場もあり、それを中心に中小の電子部品メーカーやロボット関連企業まで含めた裾野の広い集積が形成されています。

高度な精密加工技術と電子技術の融合によって付加価値の高い製品を生み出す土壌が整っており、諏訪地域は長野県製造業のイノベーション拠点の一つともいえます。

一方、伊那谷（上伊那・下伊那地域）では、電子・情報機器関連のメーカーが広く分散しています。伊那市から飯田市にかけての地域は「伊那谷テクノバレー圏域」とも呼ばれ、高度な電子部品技術や情報通信機器の生産拠点が点在しています。また、愛知県に近い飯田地域には、航空機関係の企業や自動車関連の県外企業が拠点を設けるなど、輸送機器の産業が発展しています。

精密なコネクタ・センサー類を製造する企業や、自動車電装・通信インフラ向け機器を手掛ける工場などが多く、電子機器・部品産業の集積度が高い地域です。南信地域全体として見ると、諏訪地域の精密機器クラスターと伊那谷の電子・情報機器クラスター、飯田地域の輸送機器という3つの柱があり、全国的にも競争力を持つ産業集積となっています。

長野県製造業全体の構造

長野県の製造業全体は、中小企業が多数を占める裾野の広い構造です。県内の製造事業所数は約4,700拠点（従業員4人以上、2019年時点）あり、その大半は中小企業です。

一方で世界的に活躍する大手メーカーの工場や本社も存在し、そうした大企業と地元中小企業との垂直的なサプライチェーンが形成されています。すなわち、少数の主要メーカーが高い出荷額を牽引する一方で、多くの中小メーカーが部品・加工を供給するネットワークに組み込まれ、相互に支え合う構造です。各地域の製造クラスター内でも、一つの完成品メーカーを中心に複数の協力工場が集積する形態が見られ、地域ぐるみで製品を作り上げる分業体制が浸透しています。

長野県は海に面しない内陸県ですが、交通インフラ（高速道路、新幹線）の整備や良質な水資源・空気を活かして、小型で高付加価値な製品を全国・海外に供給してきました。

重厚長大型の産業が少ない代わりに、精密機器や電子部品など軽薄短小型産業に特化して発展した歴史があり、高度経済成長期以降「機械工業先進県」として注目を集めました。とくに南信は高速道路の開通が他地域と比べ早かったことと、賃金が安かったため、軽薄短小型産業の集積が進んだと見られています。（高速道路の共用開始：飯田IC ·1975年、伊那IC1976年、諏訪IC・1981年、松本IC・1988年、長野IC・1993年）

この背景には、内陸からでも輸送しやすい小型製品で勝負した戦略や、自然条件を活かした精密加工（湿度が低く精密機械の製造に適した環境）などがあります。結果として、長野県の製造品出荷額に占める加工組立型産業（機械・電気機器など）の割合は約66%に達し、全国でもトップクラスの水準です。

出荷構造を見ると、県内製造品出荷額（従業者10人以上ベース）は直近で年間約6～7兆円規模に達しています。そのうち海外向け（輸出品）の出荷額は約1兆2千億円で、製造品出荷額全体に占める輸出比率は17%程度です。

リーマンショック前の2000年代半ばには25%前後まで高まっていた輸出比率は、その後の国内生産回帰や現地生産の進展もあり低下しましたが、近年は15～20%程度で推移しています。輸出先はアジア向けが半数以上を占め、中国や北米、欧州向けにも広く製品が輸出されています。一方で製造業企業の海外進出（現地生産拠点の設置）も進んでおり、2000年代に増加した県内企業の海外拠点数は2010年代半ばまで活発でした。

近年は新規進出は一巡し落ち着いていますが、多くの県内企業が東南アジアを中心に海外拠点を構え、グローバルな供給網の中で事業を展開しています。

総じて長野県の製造業は、「大手メーカー＋多数の中小サプライヤー」という産業構造を取りつつ、高度な加工組立分野で全国有数の競争力を維持しています。産業分野別に見れば、情報通信機器、電子部品・デバイス、生産用機械などが主要な位置を占め、特許出願件数でもこれらの分野で全国上位となっています。

例えば長野県全体では精密機器産業が盛んで、顕微鏡や測定機器などニッチながら世界市場で高いシェアを持つ製品も生み出されています。これは中小企業まで含めた技術力の底上げと、地域に根差した産学官連携の取り組みによるイノベーションの成果といえます。

雇用状況・労働環境の特徴

長野県の製造業は雇用面でも存在感が大きく、就業者に占める製造業従事者の割合（21.6%）は全国平均を上回っています。しかし近年は少子高齢化に伴う人手不足が深刻化しており、多くの企業で技術者や技能者の確保が課題です。特に中小企業ではベテラン技術者の高齢化と後継者難が顕在化しており、いわゆる「2025年問題」（団塊世代経営者の引退時期の集中）に直面しています。ただし、これは求職者にとっては採用ニーズが高いことを意味し、製造業における求人は活発です。

実際、長野県の有効求人倍率は常に全国平均を上回る水準で推移しています。令和5年（2023年）後半時点で県内平均の有効求人倍率は1.5倍前後と、求職者1人に対し求人が1.5件ある計算になります。

製造業に限っても求人件数は全産業の中で大きな比重を占めており、特に機械・電子系技術者の募集が目立ちます。地域別に見ると、中信地域や東信地域で求人倍率が高めで、工業集積地ほど人材需要が旺盛です。

こうした状況下、企業側も人材確保に向けて待遇改善や働きやすい職場環境づくりに力を入れており、従来「3K」と言われた製造業の職場もクリーンで先進的な作業環境へ変化しています。

労働環境の面では、長野県内の製造業は比較的安定した雇用慣行を持つ企業が多い傾向です。地元志向が強いため、一度就職すると長期勤務するケースも多く、技能蓄積が進みやすい環境にあります。

一方で近年はUIターン（都市部からの移住就職）希望者も増えており、県や自治体は移住者の就業支援策を充実させています。例えば、東京圏などから長野県へ移住して就職した人に支援金を出す制度や、県内企業のインターンシップ参加支援など、製造業を含む地元就職を後押しする取り組みが行われています。

企業側も人材確保のため、新卒採用のみならず中途採用や県外人材の受け入れに前向きで、採用意欲は総じて高いと言えます。

まとめると、長野県の製造業界は堅調な産業基盤を背景に安定した雇用を提供していますが、将来を見据えた人材確保と技術承継が大きなテーマとなっています。就職・転職希望者にとっては、地域のものづくり企業で専門技術を磨きながら働ける機会が豊富にあり、職場環境も徐々に改善が進んでいる点で魅力的なエリアです。